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南北朝期における律宗義について : 附・清算撰『霊峰記』

2016.12.05 16:55|論文紹介
佛教學研究 64, 41-75, 2008-03
 凝然の孫弟子にあたり、西大寺長老第十世を勤めた清算を取り扱った。最澄が叡山に戒壇院設置を上奏した時から、ずっと叡山天台と敵対関係にあった南都律宗であるが、南北朝期に入ると、天台戒観に近似した教学を主張するようになっていたことを明らかにした。
 すなわち南北朝期には、律宗では天台戒観とほぼ同様の主張が唱えられるようになったが、当時の律宗が独自のものとして主張するところを五点にまとめて説明した。
 また清算『霊峰記』の全文翻刻を掲載した。
icon_1r_64.png 上(『仏教学研究』64) Cinii PDF - オープンアクセス
icon_1r_64.png中(『仏教学研究』66) 龍谷大学学術機関リポジトリ
icon_1r_64.png下(『仏教学研究』67) 龍谷大学学術機関リポジトリ






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智積院新文庫聖教にみる十五〜十六世紀の戒律研究について

2016.11.11 00:00|論文紹介
印度學佛教學研究 60(2), 706-711, 2012-03-20
智積院新文庫に集積されている聖教調査の成果の一部。智積院新文庫の戒律関係聖教類は、①家原寺、②海住山寺、③泉涌寺の関係筋から集められている。これら寺院における戒律研究の蓄積が、後世、戒律復興運動を引き起こす下地となったことを示唆した。
icon_1r_64.png Cinii PDF - オープンアクセス

慈恩大師基の無表色解釈

2016.10.27 22:48|論文紹介
龍谷大学大学院文学研究科紀要 26, 56-68, 2004-12-10

法相宗祖とされる慈恩大師基の無表色の理解を『義林章』「表無表色章」の記述から解説し、彼が無表色を一般的な業論の上からではなく、戒の本体としてのみ扱っていたことを論じた。

icon_1r_64.pngCiNii PDF オープンアクセス
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