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妙蓮『蓬折箴』17

2016.10.24 22:00|妙蓮『蓬折箴』
不知何處持戒而論心境、即事而真位、方能至此地位、(『蓬折箴』『続蔵』60、80頁中/『蓬折直弁』『続蔵60、69頁上)

知らず、何れの処に於いてか持戒して心境を論ずるやを。事に即して真の深位なれば、方に能く此の地位に至る。

注1:不知=『蓬折直弁』には、「不知」字の前に「若其然者」が挿入される。またこの主語は妙蓮と解釈したが、どうか。
注2:於=『蓬折直弁』には、「於」字の前に「令」が挿入される。
注3:持戒而論心境=解釈しづらいが、全体的な文意をみると、持戒のことを心の対象として(観法することを)論じること、という風な意味と採るべきか。誤字脱字のある可能性がある。
注4:深=『蓬折箴』には「除」の字に作るが、文意から『蓬折直弁』にしたがって、改めた。

(南山宗祖の書物の)どこに持戒を観法と解釈することが書いてあるというのか、私は見たことがない。(南山宗は?)事相に即して、まことの深い位とするのだから、まさに(持戒という事相によって?)この地位に至ることができるだろう。

Where is interpretation to regard observance of the vinaya as meditation written on? I do not read about that. The true deep rank accords with practical training. 

※全体的に文意を採りづらい・・・。


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