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妙蓮『蓬折箴』11

2016.10.13 22:00|妙蓮『蓬折箴』
淳祐初、滄洲方丈、忽得終南家業、一見名題、不勝欣仰、豈謂宗中有此寧馨児、及至展卷臨、披讀首章元來恰是懷家之子破題、(『蓬折箴』『続蔵』60、80頁上/『蓬折直弁』『続蔵』60、69頁上)

淳祐の初め、余、滄洲方丈に於いて、忽ちに『終南家業』を得。一たび名題を見るや、欣仰に勝えず。豈に謂わんや宗中に此の寧香児有らんことを。巻を展じて文に臨むに至り、首章を披読するに、元来恰も是れ壊家の子にして題を破す。

注1:淳祐=淳祐年間(1241-1252)
注2:余=『蓬折箴』本文にはないが、『蓬折直弁』にはあるので補った。         
注3:滄州=寧波の景福寺を指す。下記参考文献1を参照。
注4:方丈=長老の住処。すなわちこの時妙蓮は寧波・景福寺の長老職にあったことがわかる。
注5:終南家業=守一述・行枝編『終南家業』(『続蔵』59所収)。
注6:欣仰=『蓬折箴』本文では「忻仰」と作るが、文意から『蓬折直弁』に従って改めた。欣喜仰慕(非常によろこび、敬慕の気持ちを抱くこと)。
注7:寧馨児=『蓬折箴』ならびに『蓬折直弁』本文では、「寧馨」と作るが、意味から「児」を補った。「寧馨児」は、すぐれた子、神童、麒麟児の意味。
注8:文=『蓬折箴』には「之」と作るが、文意から『蓬折直弁』に従って改めた。
注9:首章=守一述『終南家業』の初めの章は「教観撮要」である。
注10:元来恰=『蓬折直弁』には「元」としかない。『蓬折箴』作成に至って補われたものか。

淳祐年間(1241-1252)の初め頃、私(妙蓮)は、寧波の景福寺の長老職に就いて、すぐに守一の著作である『終南家業』を手に入れた。そのタイトルをひと目見て、喜びと敬慕の気持ちが湧き上がった。自分の宗内からこのような麒麟児が出た喜びをどのように表現すればよいというのか。ページをめくって、文字に目を落とし、最初章である「教観撮要」を読んだ。果たして彼は、さながら家を壊す子であり、『終南家業』というタイトルを見事に破壊してしまっていた。

The chúnyòu淳祐 period(1241-1252) beginning, I became the zhǎnglǎo長老 of the jǐngfúsì temple 景福寺 in níngbō寧波. I got zhōngnánjiāyè終南家業 (meaning is "the work of Nanshan sect") written by tiĕwēngshŏuyī鉄翁守一 immediately. As soon as I looked at the title, joy and respect welled up in my heart. How should I express the joy that a prodigy was born in our sect? I turned up the page and cast my eyes down at the book, I read the first chapter "jiàoguāncuōyào教観撮要". So I have known that he was the child who broke my house Nanshan sect. The title of the book was broken.

〈参考文献〉
1.西谷功「滄州と入宋僧―南宋代における一律院の所在とその宗教的空間―」(『二〇一二年度早稲田大学総合研究機構プロジェクト研究』第八号、2013)
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