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妙蓮『蓬折箴』14

2016.10.18 21:53|妙蓮『蓬折箴』
在何庸借本、彼為心、欲吾宗非事相之學、(『蓬折箴』『続蔵』60、80頁中/『蓬折直弁』『続蔵』60、69頁上)


在何(どこ)かで庸して本を借り、彼の心と為すを料するに、吾が宗を題せんと欲すは、事相の學には非ず。

注1:在何=どこで、の意か。あるいは「在」は前の文章の末尾につくべきか。
注2:庸=並であること、凡庸であること、すぐれたところがないこと。あるいは、人をやとい用いること。ここでは意味を採りづらい。蔵経書院文庫所収の『蓬折直弁』の原文には、別の字が書かれていたところを塗りつぶし、「庸」の字が宛てられた形跡を見ることができる。あるいは別字だったものを『蓬折箴』に照らし合わせて変更したものか。
注3:料=『蓬折箴』では「断」の字に作るが、文意により『蓬折直弁』にしたがって改めた。おしはかること、見当をつけてはかること、の意。
注4:題=『蓬折箴』では「顕」の字に作るが、文意により『蓬折直弁』にしたがって改めた。ここでは南山宗の宗名を『終南家業』というタイトルの中に入れ込んでいることを指すものと判断した。

どこであったか『終南家業』の本を借りて、彼(守一)の本心を推測してみるに、彼が吾が宗「南山」の名をタイトルに付けたがったのは、事相の面を主張するためではなかったであろう。

I borrowed a book and supposed his real intention. He adopted the name of our sect in the title of the book, but I supposed that this is not the result that paid attention to a practice side.

※大変訳しづらい箇所である・・・。恐らく誤字脱字等があるものと考えられる。



(訂正案)2016.10.20

在何庸借本、彼為心、欲吾宗非事相之學、

在何(どこ)かで庸して本を借り、彼の心と為すを料するに、吾が宗、事相の學には非ざるを顕かにせんと欲す。

注1:顕=『蓬折箴』の本文にしたがって、もとに戻した。

どこであったか『終南家業』の本を借りて、彼(守一)の本心を推測してみるに、我々南山宗の旨は事相の学ではないということを明確にしたかったのだろう。

I borrowed a book and supposed his real intention. He wanted to clear that the Nanshan sect was not practical training.



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