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妙蓮『蓬折箴』25

2016.11.15 22:25|妙蓮『蓬折箴』
又云、於本藏識、成善種子、此戒體也(文)、此是正示圓宗所發戒體、已上、(『蓬折箴』『続蔵』60、80頁中/『蓬折直弁』『続蔵』60、69頁中)

又た云う、「本藏識に於いて、善種子を成す。此れ戒體なり」と(文)。此れは是れ正しく圓宗所發の戒體を示す。已上。

注1:又云=以下の文は道宣『業疏』の文(『済縁記』『続蔵』41、258頁上)。前からの続きの文章である。なお同じ文章が元照『四分律行事鈔資持記』にも「業疏云」として引用されており(『大正』40、270頁中)、北宋代南山宗資持家(以下注6参照)において一連の文章が重視された形跡がある。
注2:本蔵識=ホンゾウジキ。阿頼耶識のこと。唯識教学では人間の認識について八識を立てるが、その第八識。人間存在を成立させる根本的な識であり、一切の現象を生じさせる種子を内蔵している。
注3:善種子=ゼンシュウジ。善なる現象を生じさせる阿頼耶識内の種子。
注4:戒体=カイタイ。「体」は物事の本質・本性を意味する。戒体は戒の本質・本性というほどの意であるが、東アジア仏教においてはそれを仏性ともいうべき存在であると解釈を行う。
注5:此是=『蓬折箴』には「此是」の二字は無いが、意味を鮮明化させるために『蓬折直弁』にしたがって改めた。おそらく『蓬折直弁』を再治して『蓬折箴』にする際、四字に揃えて省略されたのであろう。
注6:円宗=エンシュウ。南山宗では、宗祖道宣が立てたとされる「実法宗」「仮名宗」「円教宗」の三宗の教判(『四分律羯磨疏』)を採用する。「円宗」はこのうちの「円教宗」を指すものであろう。南山宗は北宋代に允堪(1005~1061)の主張を中心とした「会正家」と、元照(1048~1116)の主張を中心とした「資持家」に二分するが、元照は「円教宗」の立場を法華開顕の立場とみる。すなわち天台宗では釈尊一代の教説を五時に分類し、釈尊は最終的に『法華経』を説いた時、それまでの教え(爾前教)が方便であり、一乗の教えこそが真実であったことを明らかにしたとされるが、元照はこの天台宗の考えを南山宗にも適用し、「円教宗」=円宗の立場もまた一乗真実の立場であるとみる。『蓬折箴』著者の妙蓮も、対論者の守一も、いずれも元照教学を継ぐ資持家である。

また『業疏』には次のようにも言っている。「阿頼耶識に善種子を成立させるものが、戒体である」と。これはまさしく円宗における戒体を示したものである。

"sìfēnlǜjiémóshū四分律羯磨疏" say "the essence of vinaya makes to be produced a good seed in alaya-vijnana (store consciousness、consciousness forming the base of all human existence)". This sentence shows the essence of vinaya in the yuánzōng円宗.




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