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妙蓮『蓬折箴』32

2016.11.24 21:35|妙蓮『蓬折箴』
故『濟緣』云、「今此直以大乘圓義、以決前體」、(『蓬折箴』『続蔵』60、80頁下/『蓬折直弁』『続蔵』60、69頁中)

故に『済縁』に云う、「今此れ直に大乗円義を以て、以て決前の体とす」と。

注1:今此直以大乘圓義以決前體=元照『四分律羯磨疏済縁記』の文章(『続蔵』41、257頁中)。
注2:決前体=「決前」を決定思と解釈した。唯識教学においては、思考のはたらきを三段階に分類し、(1)審慮思(しんりょし):なすべきか否かを思惟する段階、(2)決定思(けつじょうし):なすべきことを決意する段階、(3)動発勝思(どうはつしょうし):思いに応じて身口をはたらかせる段階、とする。これ以前の文脈上では、受戒の作法前に、大乗の心構えを持つべきことが説かれているので、受戒作法時(動発勝思によって身口を動かして作法を行う)以前の思の本体(種子)について述べたものと解釈した。

だから、元照の『済縁記』には、「まさに大乗の円かなる義を、そのままに受戒前の思の本体とするのである」と説かれているのである。

So, Yuánzhào元照's "Sìfēnlǜjiémúshūjìyuánjì四分律羯磨疏済縁記" is said to "make Mahayana's full significance the main body of intention before receive the vinaya."

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